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カテゴリー: photos

道端の花

もう1月も中旬を過ぎましたが新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

機材更新の時期がきているようで、いろいろあってプライベート用の機材が一新してしまいました。
これまでは、GRのような持ち歩きできるようなサイズのコンデジとマジ撮りできるような一眼レフ機とレンズというセットでしたが、
それらを集約してNikon Z6とZレンズ2本にしちゃいました。

僕にとってコンデジは”大好物”で、高機能がギュッとコンパクトになっているというそのカメラの在り様に惚れて、これまでずーっと常に何かのコンデジが手元にありました。
しかし振り返ってみると、常に持ち歩いてバシバシ撮ってきたのかというと、そうではなくて、そもそも大事にするがゆえに普段から持ち歩くことはせず、持ち出すのはほんとうに時々で、コンデジが「ある」ということだけで心が落ち着くという、どこか”お守り”的な存在だったのかなと。
コンデジを持つということが癖だったような。

バシバシ使わなかった理由を考えてみると、まず第一に小さなセンサーサイズかなと。やっぱりフルサイズのボケ感を知ってしまうと、小さいセンサーで撮ったときのボケの感じに違和感を持ってしまうし満足できないというのが本当のところかなと。
フルサイズセンサーのコンデジもいくつか出ているけど、とっても高価。なのでそもそも手が出ないし、そこまで出すのならば仕事用の機材購入に予算をまわすよ、という感じなので。

それでもう一つの一眼レフ機のほうも、なんだかんだ言って持ち出さない。
持ち出そうと思ったときは、軽いほうのコンデジを手に取るという。
結果、コンデジも一眼レフ機もどちらもあまり使わない結果となる。

それと、なぜかふと飽きてしまう。
持ち歩き用ということで、失くしたり壊したりして心が痛くならないよう、比較的安価なカメラを持つわけだけど、時々来る機材更新ウェーブの際に、どうしても下取り要員になって消えて行ってしまう。それでさみしくなってまた別のコンデジを導入するという繰り返し。
一眼レフ機のほうもしかり。

もーそろそろその輪廻はおなかいっぱいだろうと。(〇〇沼ともいう)

で今回はじめて手持ち機材の中から、コンデジの存在が消えました。
もうお守りは要りません(笑)
大人にならねばね。
齢53なのだから

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道端の花

道端の花

RICOH GR III

遅ればせながら、RICOH GRIIIを導入。
GRというカメラの世界観は、僕の憧れ、理想に最も近いので、逆になかなか手にしても落ち着かず、手に馴染む前に売り飛ばしてしまうという、僕ならではわけの分からない関わり方をしてきたカメラ。

GRは、センサーがAPS-Cに切り変わった時のモデルで「もう十分高性能です」とずっと思っていて、GRIIを入手しては「これならGRで充分」と手放してみたり、やっぱりWBはGRIIのほうが優秀だなーと思って買い戻してみたりとか。
殆どの人にとって意味不明でしょうけれど。

それで、このGRIIIが出た時も、画素数が増えて、手振れ補正が付いて、それでもってコンパクトになって、凄すぎるでしょ!値段も高っ!
ここまで高性能化するのはGR的にどうなの?
という疑問も多少湧いていて、むしろ手振れ補正を加えるための開発コストを、さらに光学性能をアップするとか、フルサイズセンサーにするとか、基本性能を進化させるベクトルで進んでほしかったなー、という想いが個人的にあったわけです。

なので、様子見ですぐには手を出さなかった。

さて、今回導入してみて実際はどうだったか!?

最新のGRは、最良のGR

ポルシェじゃないけれども、ずいぶんと進化してました。。
しかも「描写」という基本性能が。。(次回につづく)

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道端の花

道端の赤い花

Nikon D600 + TAMRON SP 90mm F2.8 Di macro VC USD F017

マクロレンズを持ち出してスナップ撮影したのは何年ぶりだろうか?というくらい久しい。
面白がっていろんなレンズをとっかえひっかえ入手しては試していたころ以来、つまり2012年以来の7年ぶりくらいだと思う。
90mmという焦点距離は僕はほとんど使ったことがなくて、慣れるまで時間がかかると思った。
それと手振れ補正付きとはいえ、近接撮影でブレずにとるのはなかなか難しい。

話は突然変わるけれど、(自身のハートに)素直で正直に生きるということって大切なんだなーと、齢52にもなって改めて感じ入るとは思いもよらなかった。
というのは、なぜだか最近は仕事で縁する方々が、ことごとく天真爛漫というか中身少年というのか、よく言えば「純粋」で「自由」、悪く言えば「こども」の方が多くて、自由過ぎてカオス過ぎて仕事がスムーズに運ばないことが多く、何だろなー的な疲労を抱えているのだけど。

そんな中で、ふと感じたのが、そうーいう人達は皆「元気」ということ(笑)
そりゃー好き勝手言ったりやったりなんだから、元気じゃないわけないでしょう!?と嫌みの1つも言いたくなるところだけれど、それにしてもだよ、元気なわけ。
活き活きしているのです。
それで明るい。
その時その時で言うことが違ってるので「いやそれ前に言ったことと違うから」と混乱することが多く腹も立つのだが、何せ当人は屈託なく明るく本気で真剣だからそーいう突っ込みも面倒になってしまうというか、結局許容してしまう。

「元気で明るく裏表がなくて後にひかない」というシンプルな気質というのは、なんというんでしょうね、何かトラブルがあってもなぜだかさらっと問題を無効化してしまうようなとろこがあって
(でも解決しているわけではない(笑))
で結局「●●さんだからしょーがねーなー」ということになってしまって。

とはいえ、それって何か生きる上でとても大切なことというか、必要なおおらかさというか、多少の問題はあったとしても、みな元気に健やかに楽しく過ごせればそれでいいんじゃないのかなーという気分にさせられるパワーがあるのだなーと。

そーいえば、自分自身も小中学校の頃はこんな感じで元気に明るく支離滅裂なことを平気に元気にやっていてよくみんなに笑われていたなーという記憶がよみがえってきて、あのころの自由な自分というのはいつのまにか経験を重ねるなかですっかり閉じ込められて封印してしまったのかなーと、ふと感じたのでした。
今、出会っている一見、支離滅裂なパワフルな方々は、本来の元気な自分自身を思い起こさせてくれるご縁なのかなと。

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近所

近所

sigma dp2 quattro

 

sigma dp2 quattro を首から下げて、散歩しながらスナップを撮る。
この撮影スタイルは、僕が写真をはじめたころの原点のスタイル。
2011年の1月頃、sigma DP2sを新品で購入して、訳も分からず近所をうろうろしながらスナップをとり始めた。
そのころは露出の知識などさっぱりわからず、絞り優先オートで絞りをコントロールすればボケ具合が調節できる、ということだけ断片的に知っていたので、それで撮っていた気がする。
ペチッというレンズシャッター独特の小さな音。
DP2sよりはずいぶんとボディが大きくなったけれど、むしろ「写真機」的な雰囲気が増してdp2 quattro のほうが好きかも。
9年ほどいろんなカメラやレンズを使ってみたり、人撮りや物撮りの経験などもしてきたけれど、いちばんしっくりくるのは、こうして一人で散歩してスナップを撮ることなんだなーと、再認識した次第。

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葉影

葉影

sigma dp2 quattro

葉の影は、影が映る場所と葉の間の距離が長いほど影の輪郭がボケる。
近接すると輪郭がはっきりする。
この写真は輪郭がボケている例。
はっきりした影も、輪郭のあいまいな影も、どちらも味わい深い。

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